狭筵

はい

やったぜ

博士論文書き終わった。やったぜ。

昔の人は原稿用紙にこういうの書いてたわけで、大変だなと思う。

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まんだらけ

まんだらけに行った。漫画のコーナーで物色していると、カップルがいろいろマニアックな話をしていた。女の方が「体が東条で性格が西野なら完璧でよかったのに」と言っていた。すげー納得した。

 

 

 

 

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作荷台

スーパーで野菜とか豆腐とか、とにかく物品を購入し終え、作荷台(サッカー台)でそうした物品を詰めていた。すると同じ台におったおばさんが「あんた! もっとこう詰めたほうがいいわッッ!!」「そうそうそうよッ!」とか言い始めた。私は「ばばあ~~~~~~~~~~~~ッッッ」と思ったわけだが、なるほどおばさんの言うとおり詰めると良い感じになる。私はすぐ家に帰るんだから適当に詰めりゃあ良いと思っていた。ばあさんは確かにおせっかいだが折角の機会だ。ちゃんと耳を傾けることは大切だと思った。これは他のことにも言えると思う。

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自転車を盗まれた

金曜日、都市間バスに乗るため自転車をこいで行き、バス乗り場の近くの駐輪場に自転車を止めた。ここは鉄道の駅も近く、恐らく駐輪場の利用者は鉄道を利用する人が多いと思う。

朝一のバスに乗り、一泊して土曜日に帰ってきたら自転車が見当たらなかった。もしかしたら盗まれたのではなく、夜遅くに帰って来たため駐輪場が暗くて見落としたのかも、と思いながらタクシーで帰った。

日曜日は仕事。退勤後、明るいうちにもう一度駐輪場に確認しに行って、それでなかったら盗難届をだそうと思っていた。盗難届ってどうすんだ? とか考えていた。

職場から出ようとしたら警察から電話がかかって来た。自転車が見つかったという。防犯登録の情報から携帯電話に着信があったのだ。

盗難に遭ったのち、数か月~数年経ってから警察から連絡がきた、なんて話はざらにあるから「お、すげーラッキー」とか思った。

盗まれた場所や日付、時間帯を詳しく尋ねられた。ちょうどバスの発車時刻、到着時刻がはっきりしていたため、すらすらと最後に乗った時点、盗難に気付いた時点を言うことができた。場所も同様にはっきりと答えられた。

盗難届を出していたか? 鍵の掛け方はどうだったか? なども聞かれた。鍵は一ヶ所しか掛けてなかったし、駐輪場の入り口付近に止めていたのも盗まれる要因だったのかもしれない。

警察は、間違いなく土曜日に無くなった自転車に相違ないか聞いてきた。過去に他に防犯登録した自転車があるか? などとも聞かれた。この辺りはよく分からないが、無くしてから警察が発見するまでにあまりにも期間が短かい為だろうか。自転車の形状や貼っていたシールの文面なんかを伝えて、間違いなく土曜日に無くなった自転車と確認できた。


警察にちょっと聞いたところ、私の自転車に乗っている人物を尋問したところ盗難自転車と判明したのだという。金曜か土曜に盗んて、日曜には警察に見つかるなんて、犯人は運がないっつーかドジっつーか。

自転車の返却は調査が完了してからとのこと。追って連絡があるそうだ。日曜日の6時前にこのような電話があった。その後7時前に着信があったが夕ご飯を作っていて電話に出られなかった。

自転車の現状は聞きそびれてしまった。乗っているところを捕まったんだから、ボコボコにはなっていないだろう。鍵は壊されているかもしれない。こういう場合、犯人もはっきりしているし、弁償してくれるんだろうか。

 

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男性のがっちりした尻が好きな女性は多い。先日そうした好みを持つ女性と話す機会があって、その後私はずっとプロ野球選手の尻のことを考えていた。

ヤクルトスワローズに所属する小川泰弘投手は足を高く上げる独特のフォームで、入団初年から3年目の現在まで先発投手として活躍している。伸びのある直球と切れのあるフォークが持ち味で、身長は決して高くないものの大上段から投げ込んでくる、現今のヤクルトのエースだ。

 

 

彼の尻は良い。そもそも野球選手、特に投手は尻が良い。良い投手だから尻が良い。尻が良いから良い投手になる。尻と投球には密接な因果関係がある。下半身の安定は投手にとって不可欠であり、投げ込みやランニングによって鍛えられた良い尻ってのは下半身の安定を生むのだ。尻ってのは選手のバロメーターになる。発達した尻は一流選手の証だ。

さて話を小川投手の尻に戻そう。小川投手のお尻は、無論素晴らしい。一流選手の尻である。プリッとした良い尻だ。

そして重要な点はその投球フォームだ。ノーラン・ライアンの名著『ピッチャーズ・バイブル』に触発されて完成したフォームは、先述のとおり足を高く上げるものだ。そしてそれは図らずして尻を強調する結果を生んでいるのである。

彼のもとより良い尻は、投球時にもっとも強調される。ユニフォームの上からもわかる精強な尻。

かつて野茂英雄という名投手がいた。彼の投球フォームはトルネード投法と呼ばれ、日米双方の野球でまさに旋風を巻き起こした。彼のフォームに尻の視点から注目すると、やはり尻をやたら強調するフォームだった。

小川投手はそういう意味では野茂投手の再来なのだ。尻を継承している。そして尻に担保されている(であろう)優秀な成績。これからも応援したい。

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「すべき」と「するべき」

口語体では「するべき」とすべきであり、文語体では「すべき」とすべきだという。わたしはどうしても話し言葉でも「すべき」と言ってしまうし、文章を書くときも「すべき」とすべきと考えている。すなわち、話し言葉でも書き言葉でもしすべからく「すべき」とすべきと思っている。

しかし「べき」は終止形接続だ。わたしは「する」を普段「~とす」なんて風な終止形で用いていない。「うんこする」と言うし、「うんこす」とは言わない。だから本当は「するべき」とすべき、いや「するべき」とするべき、と気付いているのだ。

バスソルト

私はたまにクソ高いバスソルトを購入し、風呂に入れている。しかしこのクソ高価なバスソルトに対してあまり信用を置いていない。本当に発汗作用があるのか? 本当に保湿効果があるのか? 勿論バスソルト当局もこの事に対して、私が猜疑心を抱いている効能に対してだ、まったく頓着ないわけではない。「疲れたあなたに!」とか書いてある。しかし「あなたの疲れを取ります!」とは書いていないのだ。このようにクソ高バスソルトの効果、延いては入浴の効果の益たることをギリギリのラインでクソソルト当局は攻めてくるものの、ある程度リテラシーがありさえすればそれが絶対ではないことは自明である。そういう怪しい態度を取る限り私はクソルトに対してあまり信用を置かない。

しかしである。私は普段、バスソルトを当局が指示する蓋一杯分だけ入れるようにしている。ある日、別に私は独り者だしそんなの無視していいということに気がついた。別に3杯入れたっていいじゃん。それを咎める妻も居らぬ。ちょっと話は逸れるが、私はコーンポタージュにクルトンが入っていることが、幼少期、一番の楽しみだった。これはさすがに言い過ぎだったが兎に角私はクルトンがことさらに好きで、あわよくばたくさんコーンスープに入れたいと祈念していた。さて、大人になってステーキハウス「ヴィクトリア」のサラダバーに行った時だ。当然私はコーンスープにこれでもかとクルトン(あのパンみたいなやつだ)をぶち込んだ。ぶち込んだ。クルトンを。やった後の満足や後悔や、その後そんなに毎回そのような営為をしなくなることまでを含めて、こうして私はイニシエーションを経たのだ。大人になったのだ。

バスソルトでもそれをやってもいい。私はそう考えた。そこで二杯目を入れる。あまり変化はない、三杯目を入れる。クソ高いバスソルト。無駄ではないのか? モラルに反する。一瞬の罪悪感を覚える。 

変化を感じた。体から何時にない発汗を感じたのである。これはすごい。しかし、しかし。勿論これは本当にバスソルトの効果かどうかは分からない。風呂に長く入っておれば発汗するのは半ば公然たる事実であろう。基本的に私はバスソルトには懐疑主義を取る。しかし。懐疑するもバスソルトは三杯目にして果敢にも私の疑念への挑戦を果たした。

今日も三杯入れる。で汗をかいたわけだ。そして、実際私が風呂場で汗をかいたところで一体どうなると言うのか? と考えたところで私は負けたのだ。ソルトに。いつの間にか、もう疑念の問い立て方が「汗をかく」を前提たしたうえで成り立ってしまっているのだ! 問いがずれていっている。信用を置かないその構造の中で「汗をかく」を認めたうえでの疑惑を形成してしまったのだ。これは敗北である。私の敗北に他ならない。問いのずらしを、本当にバスソルトのせいで汗をかいたのか? にすれば良かったのだ。こうして資本主義の悪魔に魅入られた私はクソ高いバスソルトの奴隷となれり。思考の過ちである。

 

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