狭筵

はい

ファッ休さん

ファッ休さん。

安易な罵言と、アニメにもなった磊落でならした禅僧の名とを掛け合わせた言葉だ。とある漫画にも出てくるし、とある動画のタイトルにもなっている。誰もが思い付くような安直な下ネタだ。

しかし、だ。この「ファッ休さん」。「ファッ休さん」という単語を初めて聞いた時のインパクトはすごかった。あれは確か予備校に通っていた時代だ。友人の一人がいきなり「ファッ休さん!」とか言い始めた。この瞬間的なノリをこのブログでお伝えすることはなかなか困難なんだが、とにかく初めて「ファッ休さん」という言葉を聴いたとき、そのわけのわからなさ、そこから想像されるインモラルな禅僧の小僧、このインパクトはすごかった。「なんだよそれ!」と思わず吹き出してしまった。

そのうち、何度か「ファッ休さん」という言葉が発話されたり文字として眼前に現れたりした。次第に耐性が付いて「ファッ休さん」という言葉に新鮮味を持てなくなって行った。あまつさえ「ファッ休さん」で楽しんでいる初々しい人々に対して「そんな単語で楽しんでいるなんて子どもだ」という侮蔑の視線すら向けることさえあった。

今年の目標はこの部分にある。私にとって過ぎ去った場所、通り過ぎた興味、前提となって今はもう気にしていない場所、段々年をとるとそうした部分が多くなってくる。しかし一方でそうした部分に初めて触れ、楽しみ・親しみ・興味を持っている人がいる。かつて私がそうであったように。この感覚を大切にしたいのだ。

自分にもあった、様々な面においての「初めて」のインパクトを忘れずに、周囲の人と付き合っていければと思う。

「ファッ休さん」を、私はもうそのままでは楽しめない。何度も見とるからな。だが「ファッ休さん」の面白さ、インパクトってのはすごかったんだってことを忘れないようにしたいということだ。

 

 

 

ということでブログの仕舞いに高らかに叫ぼう!

 

 

 

 

ファック!ファック!ファック!

ファック!ファック!ファック!

ファック!

 

 

今年もよろしく!

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