狭筵

はい

「すべき」と「するべき」

口語体では「するべき」とすべきであり、文語体では「すべき」とすべきだという。わたしはどうしても話し言葉でも「すべき」と言ってしまうし、文章を書くときも「すべき」とすべきと考えている。すなわち、話し言葉でも書き言葉でもしすべからく「すべき」とすべきと思っている。

しかし「べき」は終止形接続だ。わたしは「する」を普段「~とす」なんて風な終止形で用いていない。「うんこする」と言うし、「うんこす」とは言わない。だから本当は「するべき」とすべき、いや「するべき」とするべき、と気付いているのだ。